「怪犯人」(横溝正史)

喜美子と君子の運命はいかに

「怪犯人」(横溝正史)
(「双生児は囁く」)角川文庫

箱根湯本の温泉旅館。
炎渦巻く中、
女中・お君は銃を手にした
怪しい男に出くわす。
翌日、焼け跡からは
一人の宿泊客の焼死体が。
その男の頭は
銃で撃ち抜かれていた。
そして右手には、
お君が母から譲られた形見が。
なぜこの男が…。

いきなり大地震とそれに伴う大火災の
描写から始まる横溝正史の初期短篇。
一瞬パニック小説かと思いましたが、
そこから殺人事件の謎が
始まっていたのです
(もちろん地震は偶然ですが)。

【主要登場人物】
お君(君子)
…温泉旅館三河屋女中。
 自身も己の素性を知らない。
 珊瑚の玉は母の形見。
矢倉達平
…焼死体で発見されるが
 銃殺されていた。
鈴木あき
…達平の従姉として同宿していた女。
山村平三郎
…貴族院議員。資産家。男爵。
 喜美子の出生の件で
 矢倉から強請られている。
山村喜美子
…平三郎の娘。
斎藤静雄
…山村家の援助を受けている青年。
 喜美子の恋人。

本作品の味わいどころ①
乳児取り替えが事件の発端

事件の発端は
「意図的な乳児取り替え」です。
二十数年前、平三郎の妻と愛妾が
同時に女児を出産した際、
愛妾の子の方に財産を継がせたいと
考えた平三郎が、乳母を買収し、
密かに二人を取り替えていたのです。
その秘密をネタに強請っていたのが
矢倉だったのです。

乳児取り替えを扱った作品は
いくつかあります。多くの場合は
資産家と貧困家庭といった、
貧富の差の大きい二組の夫婦間での
物語です。
吉屋信子「あの道この道」は、
深刻な運命の割には
ハッピー・エンド的に
幕を閉じるのですが、
それ以外は陰鬱なものが多いようで、
乱歩の「魔術師」などは
最悪のものでしょう。
さて、本作品の喜美子と君子は
どうなるのでしょう。

本作品の味わいどころ②
喜美子と君子の運命が交差

喜美子は資産家令嬢として育ち、
君子は箱根湯本の温泉宿の女中。
そのままであれば二人の人生は
すれ違うだけだったのでしょうが、
運命の悪戯を横溝は盛り込みます。
火災現場での矢倉殺し。
犯人として逮捕されるのは
喜美子の最愛の人・静雄。
その目撃証言をするのが君子。
二人の運命はここで交差するのです。

本作品の味わいどころ③
転がり込んできた大団円

いったいどうやって
静雄を救出するのか?
乳児取り替えの
実行犯・お秋の消息が知れ、
その口から事の真相が語られるのです。
結末はぜひ読んで確かめてください。

さて、横溝は改稿癖があり、
自作に何度か手を入れ、
その完成度を高めています。
私はこの作品こそ、
手を加えて長編かがなされていれば、
もっともっと面白い作品に
昇華していたのではないかと
思えてなりません。
殺人の謎解きとしての側面だけでなく、
喜美子と君子のストーリーを
もっと膨らませていれば、
横溝異色の感動作品となった可能性が
あるのです。

真相を語って終わりの結末であり、
ミステリとしては申し分ないのですが、
喜美子と君子のその後が
まったく示唆されていないため、
ハッピーエンドなのか
バッドエンドなのか、
今ひとつ判然としないのです。

無い物ねだりをしても
仕方がありません。
埋もれていた本作品が
文庫本で読めるようになったことを
今はただただ喜ぶだけです。
ネタの面白さはさすが横溝。
一読の価値ありです。

(2022.2.18)

Kateřina HartlováによるPixabayからの画像

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